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神戸地方裁判所 昭和37年(行)15号 判決

原告 宝商会こと中村仲太郎

被告 国

訴訟代理人 川井重男 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、請求原因第一項及び同第二項の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件物品が関税定率法別表の関税率表(以下関税率表という)に定める物品のいずれに該当するかについて検討する。

(一)  〈証拠省略〉によれば、本件物品の構造は、別紙第二図面のとおりであること、すなわち上面より、(1) が着色されたポリエステル系の合成樹脂層、厚さ0.1mm弱、(2) は透明被膜層で同じくポリエステル系の合成樹脂でできたもの、厚さ約0.02mm、(3) はガラス微粒子およびこれを結合するアクリル酸エステル系の合成樹脂層で、厚さ約0.15mm、(4) はポリビニールプチラール系の合成樹脂層できた透明間隙層で、厚さ0.1~0.15mm、(5) はアルミニウム反射層で、厚さ推定約5/10000mm、以上がアクリル酸系合成樹脂の接着剤によつて(6) の基板紙に接着されているものであることが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(二)  ところで、関税率表は「関税率表の適用に関する通則」を定め、その三としてつぎのように規定している(ただし、昭和三六年三月三一日改正、同年六月一日施行され昭和四一年三月三一日まで適用されていたもの)。

すなわち、

「三、物品がこの表の二以上の号に該当する場合には、別段の定めがあるものを除き、次に定めるところによりその所属を決定する。

(一)  当該物品の種類、性状、用途その他についての限定が最も狭義にされている号に掲げる物品とする。

(二)  二以上の物品を混合し、又は二以上の物品で構成した物品で(一)により所属を決定することのできないものはその物品に重要な特性を与える物品のみから成るものとみなす。

(三)  (一)及び(二)により所属を決定することができない物品はその該当する物品のうち最も高い税率が定められているものとする。この場合において最も高い税率が定められている物品が二以上あるときは、これらのうち価格の合計額が最も高い物品とする。」

本件物品については、前記認定の構造ならびに組成および当事者間に争いのない本件物品の用途(道路標識、船舶浮標等夜間の標識用材料として利用される)からして、その所属は関税率表の第三九類「人造プラスチックおよびその製品」のうちの三九〇一号四-(二)「ポリエステル樹脂のもの」もしくは同号四-(四)「その他のもの」か或は第七〇類「ガラス及びその製品」のうちの七〇一四号「ガラス製の照明器具、信号用品及び光学用品」かのいずれかに決すべきものであることは明らかであるが、同表の各号および部または類の注の規定によつてただちにその所属を決定することは困難なものであるから、右引用の通則三に従つてそれを決定すべきものと解されるところ、本件物品については右通則三-(一)によつて決定することはできず、同(二)ないし(三)によつて決定されるものと解する。

なんとなれば、右(一)によつて所属を決定することができる場合とは、同規定の意味が或る物品の所属が同表上例えば広義ではa号に狭義ではb号に該当するという場合にはb号によつて所属を決定するということであるから、a号とb号との間には広義と狭義という関係(換言すればb号の物品はa号の物品に含まれるという関係)にある場合でなければならず、本件物品について問題となつている三九〇一号四-(二)又は(四)と七〇一四号との間には右のような広義もしくは狭義という関係はないからである。

(三)  そこで右通則三-(二)もしくは(三)によることとして本件物品の所属を以下に検討する。

〈証拠省略〉によれば、本件物品についてつぎのような事実が認められる。

まず本件物品は反射光紙(reflective sheeting )といわれるように光の反射をその作用とするものであるが、その反射のしかたはいわゆる再帰反射であつて、光が投射された方向の比較的狭い或角度範囲内にその大部分の光を投射光の跡を逆行せしめて光源に再帰させる反射作用を有するものであること。

右再帰反射がどのように行われるかを前記認定の別紙第二図面にもとづいていうと、投射された光はいつたん(1) (2) の合成樹脂層において屈折され、さらに(1) (2) とは屈折率のことなるガラス小球(3) のレンズ作用により(5) のアルミニウム反射層上に収斂され(光集束)、右反射層によつて反射されてほぼ平行光線として投射光の跡を逆行して投射方向に再帰する(集注反射)ものであること、またその際合成樹脂の透明間隙層(4) が、ガラス小球の屈折率を考えて光が反射層上にちようど収歛するようにその厚さが定められていること。

以上のことから考えて、本件物品の再帰反射作用という光学的見地からいつて、ガラス小球が重要な作用を営むものであることは優に認められるところであるが、他方約九〇%の反射率を持つアルミニウム反射層およびガラス小球の屈折率との関係で光が反射層に収斂するように厚さを定められた合成樹脂の透明間隙層があることによつて非常に反射性能が高められていること、したがつて本件物品の反射作用については、ガラス小球、アルミニウム反射層および透明間隙層の三つがそれぞれ重要な作用を営んでおり、ガラス小球の光学的作用だけが本質的なものであるということはできず、右三者のいわば総合的作用が本件物品の高度の再帰反射性能を可能ならしめているのであつて右三者の役割の間に主従の関係をつけることは困難であること(鑑定人岩田稔の鑑定結果ならびに証人岩田稔の証言中右に反する部分は、前記甲第八号証、証人谷潔、同新山勇の各証言にてらし措信できない)。

しかして、以上のような再帰反射構造そのものは、光学原理をそのまま応用したものであつて特異な構造とはいえないのであるが、前掲各証拠ならびに検一の一(本件物品と同一のもの)によれば、本件物品は表面は着色されたポリエステル系合成樹脂層におおわれ、裏面(基板紙と接する面)も合成樹脂の接着剤が塗布されており、合成樹脂層の中に肉眼では識別することができないほど微小なガラスの小球がはめこまれている極く薄いシート状のものという外形を示しており、(そのため外観からはポリエステル系の合成樹脂の製品であると思われる)、その組成からみれば合成樹脂が大部分を占めており、この合成樹脂のもつ特性によつて右ガラス小球、アルミニユームの反射層およびこの両者間の透明間隙層を遮光することなく一定の位置に融合固定させていることとガラス小球が極めて微小であることから極めて弾力性に富みロール巻にして取引されておりハサミ、ナイフ等で簡単に加工することができ、耐水性、耐腐蝕性がきわめて強いこと、とくに表面が合成樹脂層でおおわれなめらかにされているのでガラス球の損傷を防ぎよごれを落しやすい等の特性を有し、これらのことが前記高度の再帰反射性能と結びついて本件物品に商品としての特性と実用性を与えているものであること、そして右弾力性、耐久性等は主として本件物品を組成している合成樹脂層の性質からでてくるものであること。

以上の各事実を認めることができ、右認定をくつがえすにたりる証拠はない。

以上みてきた本件物品の構造、用途および特性等を総合して考えれば、その主たる用途からいえば「信号用品」とみることができる(この点本件物品はいまだ素材であり信号「用品」とはいえないとする被告の主張は、本件物品がきわめて簡単な加工を加えるだけでそれぞれの用に供することができることからして、あまりにも形式的にすぎ採用できない)けれども、前記通則三-(二)にいわゆる「その物品に重要な特性を与える物品」が、本件物品にあつてはガラス小球であるということはできず、ことに本件物品を関税率表第七〇類の「ガラス製の」ものに分類されるとして七〇一四号に所属を決定するのは正当でない。

そして、前記認定の各事実から、関税定率法の法意に照らし総合的に観察すると、本件物品に重要な特性を与える物品は各合成樹脂層であると認めるのが相当であり、したがつて同表第三九類(同類のプラスチツクは合成樹脂の同義語と解する)三九〇一号四に所属を決定するのが正当である。(ただし、同号の四-(二)に決定すべきか(四)に決定すべきかは通則三-(三)によつても本件では明らかでない。しかし右いずれに所属するとしても税率三〇%の適用があるのであるから、本件課税処分の有効無効の判断の結論には関係がないものと思料し、右の点を明らかにする必要はないものと解する)。

(四)  そうとすれば、昭和三六年六月頃から同年九月頃までの間神戸税関長が本件物品を関税率表番号三九〇一号四(ただし同号四-(二)にすべきであつたか四-(四)にすべきであつたかは前述したように本件では問題にしない)に所属を決定し、税率三〇%の適用あるものと認めたのは正当であつたことになる。

三、ところで、原告本人尋問の結果によれば、神戸税関長が本件物品につき原告に対し三〇%の課税処分をしていた右期間内において、横浜税関長および大阪税関伊丹出張所長は他の輸入業者に対し、本件物品と同一物品につきこれを関税率表番号七〇一四に所属を決定し、税率二〇%の課税処分をしていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

憲法によつて規定されているいわゆる租税法律主義の建前からいつて、全国一律であるべきことが特に要請される税率について、右のように区々の取り扱いがなされたことは、たとえ神戸税関長の取り扱いが正しく、原告に対する本件課税徴収処分が正当なものであるとしても、納税する側に立つてみればいささか不公平であると感じるのはもつともである。

しかし、他方、〈証拠省略〉によればつぎのような事情が認められる。

本件物品の輸入に際し、当初原告の側から中にはめこまれているガラス小球の存在について神戸税関に対しなんらの申立もなかつたため、同税関ではガラス小球がはいつていることに気が付かず、外観から見れば見らかに合成樹脂の製品であると思われたことと原告が物品の引き取りを急いだこともあつて物品の分析をしなかつた。

しかるに昭和三六年九月頃(別表六の九月一九日以後)原告が横浜の同業者から横浜税関長は本件物品と同一の物品に対して税率二〇%の課税をしている旨知らされ、はじめて神戸税関に対して口頭による不服申立をしたこと(それまでに口頭による不服申立をしたとの原告主張事実を認めるにたる証拠はない。)

原告の右申立によつて、はじめて事情を知つた神戸税関長は、本件物品の所属について税関鑑査部長会議の決議の結果がでるまで右申立以降は関税法第七三条に基づき「輸入の許可前における貨物の引取」扱いを実施し、その後の税関鑑査部長会議の決議が本件物品を七〇一四該当物品として税率二〇%を適用するということになつたので、右仮り渡しの物品については二〇%のとり扱いをし、その後は七〇一四号、該当物品として全国的に一律に二〇%の税率の適用がなされたこと、検二(製品番号三一番の物品)については昭和三六年八月一九日神戸税関はこれを七〇一四号に所属するとして税率二〇%を適用したことがあるけれども、右は本件物品とは表面部分の組成が異なり比較的大粒のガラス球が表面に多数露出したものであつて肉眼でもはつきり認識することができることからそのように分類したものであること(なおその後昭和三八年五月二一日から二四日にかけて開催された第二二回関税協力理事会において、本件物品ならびに検二(製品番号三一番の物品)の分類上の解釈について、その構成材料に応じて三九類のいずれかに分類すべきであるとする第一〇回関税協力委員会の決議が採決され、右採決を検討した大蔵省関税局は右理事会の採決が正当であるとして、昭和三八年一〇月一五日以降は本件物品および検二の物品は三九類のいずれかに分類するよう通牒を発し、全国税関では右通牒のように適用を改めている)。

さて、本件物品のような数種の物品から構成された新製品もしくは新規輸入品については、関税を賦課するまえにあらかじめ綿密な分析をする等して、はじめから全国的に統一した取り扱いをするということは望ましいことであるが、貨物の引き取りを急ぐ貿易業者の側からいつても、事務の迅速を要請される税関の立場からしても、すべての物品についてそれを行なうことはかえつて現実にそぐわない結果をもたらすことになることから、当事者の申立等のなかつた本件物品(外観からは合成樹脂の製品とみられてもやむを得ない)について神戸税関長が分析等をしなかつたことが特に非難されるべきことではなく、原告からの口頭による不服申立のあつた後の措置についていえば、税関長としてとるべき措置をとつているものというべく、したがつて前記二、(三)で認定したように、神戸税関長が本件物品を三九〇一号四に該当するとしたことが正当であつたことに加えて右の事情を考慮するならば神戸税関長の本件課税徴収処分は憲法第八四条さらには同法第一四条に違反するものとは認めがたい。

四、以上いずれの点からみても、神戸税関長のなした本件課税徴収処分は、重大かつ明白な瑕疵があつて無効であるものということはできず、被告国が本件課税徴収処分により、原告からその主張する税金額を法律上の原因なくして不当に利得したと認めることはできないので、原告の本訴請求は理由がないものと認め、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎 保沢末良 河上元康)

目録第一、二図面〈省略〉

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